海老名郷土かるた「は」

ページ番号1000848  更新日 平成30年2月28日 印刷 

長谷川氏 墓石ずらりと 浄久寺

海老名郷土かるた「は」

浄久寺宝篋印塔(門沢橋)

「は」浄久寺宝篋印塔

浄久寺は、「新編相模国風土記稿」では、山号を長谷川山隆崇院、増上寺(東京都港区芝公園)の末寺とされています。

平安時代後期作と考えられる本尊・木造阿弥陀如来坐像、墨書から寛保3年(1743)に造立されたと考えられる法然上人坐像などが安置されています。

法然上人坐像の胎内からは安政6年(1859)、文久元年(1861)の納入経や関東大震災で破損した仏像を修理した文書などが納められていました。

長谷川正成(?~1638)が寛永2年(1625)に門沢橋他に1751石の所領を得て、門沢橋村を本貫地としたことから菩提寺として浄久寺を建立し、然誉知全(?~1617)が開山したと伝えられています。

このことから1625~1638年の間に創建されたと考えられますが、境内に慶長19年(1614)と刻まれている墓石があることや、本尊が平安後期作のものと考えられるなど、浄久寺の創建年代には不明な点が多くあります。

擬木柱所在地:海老名市門沢橋2172 浄久寺内

擬木柱「は」

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