狐の仕業?怪事件が続出

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ページ番号1000773  更新日 平成30年2月28日 印刷 

相模川左岸用水の水門が、海老名耕地の真ん中にできて人々を驚かせた当時のことだから昭和の初め、五十何年も前の話である。
大谷の青年が四、五人で厚木の天王様のお祭りから帰る途中、水門に近い用水の橋の上に、頭から白い衣をかぶりその長い裾を風にはためかせて立っている不思議な人物に出会った。
赤茶けた夏の月が気忙しく見え隠れする雲足の早い夜更けである。気味が悪いので反対側に寄って、通り過ぎてから振り返ると、青年たちを見送った顔がちょうど月の光にはっきり照らし出された。先ほどまでは逆光線ではっきりしなかったが、その顔には大きく開いた口に鋭い歯が光っていた。
恐ろしさのあまり一人が駆け出すと、みんなこれにならって一気に田んぼを走り抜けて人家近くまで逃げてきたが、怖いもの見たさから様子を窺っていると、白衣の怪物が後からついてくる。
物影に隠れてやり過ごし、見え隠れに付けると、谷戸道の入口、現在の大谷公民館前、大谷中学校裏通りのあたりで茂みに飛び込んで姿を消してしまった。
青年たちは、そこから先の尾行をあきらめて解散した。当時の谷戸道は谷戸川が深く浸蝕していて、毎年、大雨のときなどに路肩が崩れるので道幅が急に狭くなっている所が多く、うっかり歩くと川に転がり落ちる危険もあったので深追いをしなかったのだろう。
この話は狐の仕業としてすぐ村中の話題になった。
それから二、三日たった晩、早川(綾瀬市)の人が、山王塚の道端にしゃがんで泣いている娘を見掛け、「どうしたのか」と尋ねると、突然顔を上げて狂ったように甲高い声で笑い出したが、それは恐ろしい鬼女の顔だった。
横っ飛びに山谷まで逃げてきて大塚さんという家に飛び込んだが、訳を聞いても口を動かすだけで声が出なかったというから、よほどのショックだったのだろう。
やっと落ちついてから「土間の隅でもよいから一晩置いてくれ」と言って、とうとう泊まり込んでしまったということである。
その後、二つ塚のそばで白装束の人が腹を切って死んでいるというので駆け付けたが影も形もなかったとか、大谷峰ですれ違った美人に思わず振り返ったら向こうも振り返ったが,それは口が耳まで裂けた狐の顔だったとか、不思議な話、恐ろしい話があとを断たなかったが、純朴な村人たちはみんな狐の仕業であると信じて疑わなかった。
ちょうどその頃、近くのある村に、主家の美しい娘に思いを寄せていた下男が娘の死に動転し、葬式の翌晩、墓地から娘の死骸を運び出した、などという奇々怪々な話もあり、それらが混同して尾鰭(おひれ)がつき、寄るとさわると気味悪い話で持ち切りだった。
当時の海老名村は藤沢警察署の管轄で国分に部長派出所があったが、部長も放っては置けず、本署に連絡してこの不思議な事件の解明に乗り出した。
間もなく犯人が捕まったが、それは隣村に住む神楽芝居の名人で、芸に凝り過ぎて気が変になり、衣装を何枚も重ね着し、いくつかの面を懐に入れて徘徊して、時と場所に応じて面を取り替えたり歌舞伎のぶっ返しのような早変わりの妙技で人を驚かせたもので、結果的には人が人に化かされたのだった。
狐にとってはとんだ濡れ衣で定めし迷惑なことだったろう。

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