蛇に魅入られた娘

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ページ番号1000747  更新日 平成30年2月28日 印刷 

今では草葺屋根の家がなくなってしまったので、宵節句の五月四日に、菖蒲と蓬を二、三本ずつ、わらで束ねて軒にさす農家は見掛けないが、それでもどうかすると、近代的な家屋の軒先や、玄関の上に昔ながらにきちんと三か所さしている素朴な情景を目にすることがある。
このことについて子供の頃、祖父に聞いたら、長虫(蛇のこと)を住居に近づけないためにするのだと、そのいわれを話してくれた。
それはずっと昔のこと、この土地の村長(むらおさ)だった長者に美しい一人の娘がいた。長者夫婦はこの一人娘によい婿を迎え、早く初孫の顔を見ることが願いだったが、外出させることが不安で、家にばかり閉じこめるようにしていた。
娘が十九になった春のことだった。長者の広い屋敷には連ぎょうや木蓮などが咲き競い、小鳥が楽しく歌う日が続いた。春の訪れに心がはずんだ娘は、うららかに晴れたある日、両親にはだまって召使たちをつれて摘み草に出た。
心浮き浮きと草を摘み、花を集め、先へ先へと行くうちに娘はいつか召使たちにはぐれ、道に迷ってしまったが、きっとだれかが探しにきてくれるものと思って柔らかい草に腰を下して休んでいた。春の光がさんさんと降りそそぎ風の音さえしない静かな若草の野である。
快い疲れと温かい日ざしに誘われて、いつかうとうとと眠ってしまった娘は、その眠りの中で美しい若者と会った夢を見た。
夢から覚めてぼんやりしているところへ、探しあぐねた小者たちが声を立てて走りよった。その時一匹の蛇が娘の袂からはいだして、草むらへ姿を消したのに気がついたものはだれもいなかった。
摘み草から帰ってからの娘は気分がすぐれず、その後寝たり起きたりの、ものうい日々を送っていた。食欲がなくなり、体は次第にやせ衰えていったが、不思議なことにお腹だけは日増しに大きくなるのだった。
娘は身におぼえのないことなので、親にも言えず、悩み続けた末、死のうと心に決めて、ある日そっと裏門から抜け出すと、白髪の老人が行く手をさえぎり、「わしは産土(うぶすな)の神であるが、お前は蛇の精に魅入られている。今夜菖蒲と蓬の風呂につかれば救われるであろう」と言って姿を消した。
その晩、産土神の指図どおり、菖蒲と蓬の薬湯につかると急に目まいがしてきたので、急いで床に横たわると、黒や白や斑の小さな蛇がぞろぞろ死んで生まれてきた。
夢の中で会った若者はやはり蛇だったのである。
冬眠からさめた蛇も五月になると動きも活発になり、特に青大将は人家にからむので、菖蒲と蓬はこれを追い払う意味で軒にさすものである。この習慣は何百年も続いている。

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