疣とりの地蔵様

 大谷の如意輪観音にまつわる「摩尼山の七不思議」について述べたが、その中で公孫樹が、「くっつきギンナン」「乳房公孫樹」と二つの不思議を持っていたことは述べたとおりである。
 しかし、これを「ふしぎないちょう」として一つに数えるため、七不思議が一つ足りなくなり、いつのころからか閻魔堂の前の疣とり地蔵を七不思議の中に入れて数えるようになった。
 もともと地蔵様の疣とりは霊験であって、俗にいう不思議とは別なものであるが、霊験であっても疣がとれるのは不思議なことであるから、七不思議の一つだと言い張る人もあって、霊験と不思議とはどこがちがうのかといわれると困るし、定義づけてはっきり区別するのがねらいでもないので、そのことは、ひまな議論好きの人にまかせることにしよう。
 さて、この地蔵様はお顔の彫りもあまり深くないし、どこにでもある、ありふれた石仏という感じであるが、その足元にある小さな石を借りてきて疣をこすると、いつの間にか疣がなくなるというので、疣とりの地蔵様として知られ、祈願する人も多い。
 実はこの地蔵様は、大谷四郎重茂が薩摩の新領鶴田郷で霊石をさがし出し、生母である摩尼山の庵主麻子の腰痛快癒を祈念して自ら刻んで運ばせたものと言われており、初めは堂内の壇上にまつってあったが、堂宇修理の折、屋外へ移してから庶民の身近な信仰の対象となり、そのまま現在に及んでいると聞いている。
 延享(1744~1747)のころは身替り地蔵と呼ばれていたようで、このお地蔵様を撫でてから自分の痛むところを撫でると苦痛が去り、それはお地蔵様が苦しみを代わってくださるからだと言い伝えられていた。

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