妖狐と猛犬勘五郎

 行脚僧は渡し場で舟を下りるとき、船頭が教えてくれた道を台地へ上った。そこの聚楽には豪農の土蔵が立ち並んでいたが、師走の慌ただしさでどこでも相手にしてはくれず、ひと握りの穀類を喜拾する家もなかった。
 日の落ちるのを気にしながら村はずれのあばら屋の軒下に立つと、老婆が釜肌になり固くなっている粟飯の残りをほぐして作ったむすびを差し出し、あの松の近くに旅人用の庚申堂がありますと、高台の大きな松を指差して教えてくれた。
 師走の日は短かく、衣の裾を木枯らしにあおられながら旅僧が庚申堂にたどり着いたときは日はすでに落ちて、大山の肩からもれる余光がわずかに堂の中を明るくしていた。
 中に入り、内から閂を掛け、先ほどの粟のむすびで腹を満たし、竹筒の水を飲むと紙子ですっぽりと体を包んで横になった。
 どのくらい時間がたったのだろうか。この旅僧は夢とも現ともなく不思議な会話を聞いたが、それは深い井戸からでも響いてくるような不気味な声だった。
 吹き込む夜風に、枕元の木の葉がかさこそと音を立てて舞った。その音にはっきりと目が醒めた旅僧は、先ほどの会話を思い返してみたが、それは誠に奇怪極まるものだった。
 「近いうちに葬式があるはずだが、年寄りの肉は食う気がしない」
 「残っているのは名主の軍鶏だけだ」
 「暖かい血を吸いたいものだが、名主の軍鶏には手が出せない」
 「あれは名主が殿様から預かっているのだから、とったら後が大変だ」
 「それより恐ろしいのは勘五郎だ。体が大きくて力もあり、気性が激しいから、あいつがいては手が出せない」
 「名主が十五日に武州の御嶽へお詣りに行くから、その留守を狙えば大丈夫だ」
 「勘五郎は」
 「そのとき連れて行くよ」
 「じゃあ、十五日の晩丑三つどきにしよう」
 ただならぬやりとりである。
 夜の明けるのを待って谷戸川の流れに沿って下り、湯気のたっている川端で洗いものをしてる女に、勘五郎という体が大きくて気性の激しい使用人のいる名主の家はどこか、と尋ねた。女は白壁の土蔵を指差して、「名主様の家はあそこですが、勘五郎というのは飼っている犬の名前です」と、笑いながら教えてくれた。
 門口に立って、「ぜひ、主人に会って話したいことがある」と告げると早朝の行脚僧の訪問に怪訝な顔をして出てきた名主は、一部始終を聞くと顔から血の気が引いた。
 それは、この旅僧の言うことと諸般の実情があまりにもよく一致しているばかりでなく、誰にも話していない御嶽詣りまでも筒抜けだったからである。名主は、どうしたら良いか教えてください、と拝むようにして頼んだ。
 「相手は不思議な力を持つ魔性ゆえ、あるいはこちらの動きを予知して行動するかも知れないが一か八か裏をかいてみたらどうですか。もし、察知されたらまた次の手を打つことにして、秘蔵犬だけは手元から離さないほうが良いでしょう」と指示し、その切望によりしばらく逗留することにした。
 名主は予定通り十五日の朝早く、子牛ほどもある勘五郎を連れて墓詣りに家を出たが、打ち合わせに従って御嶽に直行せず、途中で時間をつぶして夜更けにこっそり帰宅し、時の移るのを待った。
 よく言い含め、頃合いを見て縄を解くと、勘五郎は風のように軍鶏小屋に向かって姿を消した。もつれ争う凄絶な声が止むと、勘五郎は大きな狐をくわえて姿を現わしたが、再び闇の中に走り去った。
 心配していると先ほどのものよりもさらに大きい白狐の死骸を引きずるようにしてくわえてきたが、いずれも背の毛は銀の針金を植えたような却を経た古狐だった。
 その後は近辺で新仏の墓地が荒らされたり、家畜が被害を受けることはなくなった。
 この猛犬の「勘五郎」という名は、さる大名の夕立という疳の強い馬が荒れ狂い、馬丁を蹴殺して門外に暴れ出て、取りおさえようとする人たちや、立ち騒ぐ町の人々を片っ端から或いは噛み或いは蹴りまくって狂うのを、町の侠客勘五郎が素手で撲り殺したので、江戸の町人たちはその侠気と怪力を讃えてそれからは「夕立勘五郎」と呼んだので、軍鶏を預けた領主がこの侠客の名をとってつけたものだという。
 この名主の家は地元の旧家として今も続いている。

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