犬のいない村

 ″おやおや大谷は犬いぬ村、いるのは狐と猫ばかり″と近在の子供まで歌ったそうだが、大谷には長い間天敵ともいうべき犬がいなかったので狐が増えて、日中でものさばり歩いていた。
 犬公方と言われた五代将軍徳川綱吉が、犬を特別に保護するため、「生類憐みの令」を出したのは貞享四年(1687年)のことだが、その頃の大谷は連年の凶作と重税のため窮乏を極めており、義民が出るような世情だったので、たとえ幕令であっても犬を大切に飼っている家は全く無かった。
 その後犬好きの名主が、一代限りこの犬だけという村人との約束で飼っていたという一例があるが、それが霊犬と言われた「熊王」で、以後長い間、大谷には犬が全くいなかった。
 明治以後、大正、昭和になっても犬を飼う家は極めて少なかったが、これは大谷の人達がみんな犬嫌いだったというわけでなく、江戸時代からの長い間村全体として犬を遠ざけたため、それが土地風となってしまったからだった。農村では、古くから″犬は一俵、猫は半俵″と言い、中型の芝犬でも一年間には米一俵(60キロ)分食べるとされていた。一日にすれば、わずか165グラムに過ぎないけれども、食糧にゆとりがなければ普通の家庭では飼えなかった。
 飽食の時代では、子供の茶わん二杯分の飯ぐらい誰も問題にしないだろうが、当時はそれは一家の死活問題だった。現在でも全く食糧が無くなれば、一俵の米は一家の生命にかかわってくるだろう。
 今次大戦末期の昭和二十年、米の供出の追加割り当てで、ぎりぎりの自家保有米を削って強制出荷させられたが、命に別条がなかったのは身の回りに雑穀や代用食になるものがあったからで、もしそれらが無かったら三百年前の農民と同じ立場だったろう。戦時中は、人間と食糧を同じくする鶏や豚の数は著しく減少したが、犬を飼う家も無くなってしまった。食糧が無いため動物園でも多くの動物が処分されたが、やせ衰えた上野動物園の象トンキーが、芸をすれば食べ物が貰えると思って、人の姿を見るとよろよろと立ち上がっていろいろの芸を繰り返したという悲しい話も残っている。
 軍の指示だといって犬を飼うことを禁じられ、泣き泣き愛犬を役場へ連れて行ったという人もいた。強制的に集められた犬は屠殺され、諸肉と称して配給されたということであるが、これは屠殺場で働いていた人の証言である。
 聖代と言われた時代であっても、国民は厳しい法と軍の強圧の下では身動きができなかったのだから、冷酷非情な封建制度の下での農民の生活は想像を絶するものだったろう。
 江戸時代には、相互扶助と隣保団結を目的とした五人組という制度があったが、これは立て前であって、実は連座制による共同責任の義務付けだったので、農村では年貢の未納者がいると五人組で負担しなければならず、完納できなければ名主が代納しなければならなかったが、それでも完納できないと、家族や組頭、果ては名主まで入牢ということもあった。幕府を震撼させた有名な島原の乱も、発端は総名主の嫁が身重であるのに入牢させられて牢死したことに、農民の怒りが爆発したためだと地元の郷土史研究家は言っている。そうした情勢の中で、犬など飼えるはずないが、天保の飢饉の折、大谷では犬を飼えば村八分という掟まで定められた。
 憎まれたかったら犬を飼えという言葉は、江戸時代の農村の実情をよく物語るものといえよう。
 今以って、何故大谷の農民がそんなに苦しんだのか理解できないという人もいるし、誇張された記述や言い伝えだろうという人もいるが、それは海老名耕地が一様に美田であると思い込み、どこの地域も同じように収穫があるものと単純に考えるからで、土地に肥痩の差があり、用水の便不便によっても収穫に大きなちがいが出て、耕作面積と収穫量が比例しないことは常識である。
 相模川左岸の耕地整理で用排水路が完備した後でも、地域による収穫の格差は無くならなかったが、かつての大谷には天候に著しく左右される下田が多く、地盤の高い所は日照りが続くと一面に亀の甲羅のようにひび割れがして稲が枯れてしまったし、低湿地は大雨が降ったり長雨だったりすると稲が水没して満足な実りはなかった。降れば不作、照れば凶作という悪条件の水田が多かったにもかかわらず、情け容赦のない課税と厳しい年貢の取り立てで、生活が成り立たず逃散(夜逃げ)して無宿の流民となる者も出た。″苛政は虎よりも猛し″だったのである。
 しかし上田が無かったわけではなく、天候に左右されない収穫量の多い美田もあったが、そうした有利な場所は地主か自作農家が耕作し、連年不作の下田は貧農が小作する羽目に立たされていた。
 そうした不合理に抵抗もできず、今年こそは、来年はと祈りながら黙々として下田の耕作を続けた農民はまことに憐れであった。かくして自分たちの食糧さえも、十分でなかったため長い間全く犬のいない村になってしまったのであった。
 語り伝えられたり、記録に残されたりしているこの事実は、単なる昔話としてではなく虚飾なく後世に語り伝えておきたい。

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