禍福同根

 題名は難しいが、内容は貧乏神が福を持ってきたという話である。

 「貧乏」と聞いただけでぞっとするという人がいるくらいだから、貧乏神の好きな人がいるはずはない。そこで昔からなにかと引き合いに出して教訓にしたり、日常生活の戒めに使ったりする。
 手足や体を小刻みにふるわせるのを「貧乏ゆすり」というが、一生出世もできず、楽な暮らしのできない人間だ、といって貧乏ゆすりをする子供を叱るのは、周りの人に嫌な感じを与えるばかりではなく、生まれや育ちまで疑われる結果となるので、日常の躾のためのものだろう。
 また、食事の折、箸で茶碗を叩くと貧乏神がその音を聞いて集まってくるというのも躾のための方便だが、爪先の切れた足袋をはいていると貧乏神が追いかけてくる、というのは縫いものもできない女に対する戒めだったろう。「稼ぐに追いつく貧乏なし」という諺があるが、現実はそうとばかりは限らず、追い越されて一生あえぎあえぎ、その後へくっついて行くようなうだつの上がらない人間もいる。
 「働けど働けど暮らしは楽にならざりき、じっと手を見る」とうたった詩人などは、貧乏神と手をつないで歩いたか生涯同居し続けたものと思われる。
 江戸小話に、せっかく追い出した貧乏神がまた戻ってきたので、「なぜ帰ってきた」となじると、「いや、私は出ていきますが、子供を一人残しておきましたので、その子の面倒をお願いにきたのです」というのがある。貧乏とはなかなか縁が切れない、ということだろう。
 この嫌われ者は、負の方へ作用して日常生活を破壊するものとばかり思っていたら、まるっきり反対の話がある。学童のころ、不動講の先達から聞いたもので、その軽妙な語り口は、七十年たっても忘れられない。
 話上手にもいろいろあって、大衆を相手にする壇上の雄弁家もいれば小人数の聞き手を魅了する座談のうまい人もいるが、この先達は座談の妙手だった。

 縁の下に何か住んでいるような気配がして、気にかかるので床板をはがしてみたら、ぼろぼろの着物を着た汚いやつがたくさんいる。
 「何だ、お前たちは」
 「貧乏神だ」
 「いつからこんな所にいる」
 「先代のころから住みついている」
 「それで親の代からいくら稼いでも金の残らない訳がわかった。出ていってくれ」
 「出ていってもいいが、行く先がないから家を造ってくれ。どんな家でもいい。そうすれば引っ越す」
 厄介なことだとは思ったが、これから先長く住みつかれると困るので、さっそく宅地の隅に小さな祠を建ててやった。貧乏神の一家はぞろぞろ引っ越していったが、出るとき、「長い間迷惑を掛けたので、今度は金がたまるようにしてやる」といった。
 変なことを言うと思ったが、「ぜひ、そうしてくれ」と頼んだ。
 すると不思議なことにどこで知ったか、翌日から大勢の人たちが次から次へとお参りに来てお賽銭をあげていくので、たちまち暮らしが楽になった。貧乏神を祭って金持ちになるとは何としても納得できないので聞いてみた。
 「どうしてこんなにたくさんの人たちが毎日お参りにきて、お賽銭をあげていくのだ」
 「お参りにくるように俺が宣伝してまわった」
 「何といって宣伝した」
 「お参りに来なければこっちから出向く。場合によっては居座ることもある、と言って宣伝した」 

 先達の巧みな掛け合い話術に引き込まれて聞いていた大人たちは、最後の落ちでみんな膝を叩き合い肩をゆすって笑いころげていたが、今思えば、俗にいう「禍福に門なし(注)」の俗訳日本語版ということだろう。
 四月は諸事切り替えの時期に当たり、なにかとストレスのたまる月でもある。貧乏神が福を持ってくることもあると、「あはは」と笑って肩の凝りをほぐしてもらいたい。
 日本人は難局に直面すると発想を転換し、禍を転じて福となす英知を持った国民で、浮沈にかかわるような大問題も、ときには「河童の屁」などとカルカチュア化して、いったん圧縮を抜いて出直すゆとりも持っている。
 それは敗戦の焼土の中から立ち直り、今日の繁栄を築きあげたという事実が証明しているし、オイルショックからの立ち直りの見事さをみてもわかることである。
 本来吉凶は表裏、禍福は同根、逆もまた真なりで、百八十度思考を転回させることによって思い掛けない幸運をつかむことがあるものだ。 

(注)禍福に門なし・・・中国の左伝という古書にある言葉で、禍いも幸せもあらかじめ定まっているものではなく、全て人々が自ら招くものである、と説いたものである。

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