女日待ち

 海老名の農家には、「お日待ち」という集まりを持つ風習があった。日待ちというのは、本来、前の夜から体を清めて日の出を待って拝むことだが、農村では田植えや稲の取り入れが終わった後など、仕事がひと区切りついたときに隣近所の人たちが集まって会食し、世間話などする会という意味に使われた。
 農村の仕事は一年中区切りなく続くので、休日をきちんと取ることが出来難かったから、しばらくぶりに雨が降ると臨時に休日にすることがあった。そうしたとき、部落の常使い(注1)が、「今日は休日よーっ」と、大きな声で触れて歩いた。
 これが「おしめり正月」で、骨休みなどと言って家中でのんびり休養したが、最寄りの家々が話し合ってお日待ちをすることもあり、「良いおしめりですね」などと言葉を交わしながら決められた宿へ集まった。午後から夜へかけてにぎやかな集まりだったが、それは大抵男だけで、女は参加しなかった。「女と鍋釜には休日がない」とはよく言われた言葉だが、おしめり正月でも食事の支度をしなければならず、後片付けもしなければならない。
 農村の主婦には全く休む日がなかったので、女だけが集まるために作った休日が女日待ちで、秋蚕の繭出しが済むと、どこの家でもまとまった金が手に入り、次の農繁期までにひと息入れるにはよい時期なので、女日待ちは大抵この時期に持たれて、女衆たちには心も体も安らぐ”命の洗濯”だった。
 「お話し講」と呼ぶ地域もあったが、くつろいだ楽しい集まりなのでみんな都合をつけてよく集まった。しかし、家族の昼食を済ませてから集まり、夕食に支障のない時間帯に終わるという心配りは忘れなかった。
 各自手料理の持ち寄りだが、早掘りのサト芋を煮つけたり、探り掘りのサツマ芋を天ぷらにしたり、それぞれに心のこもったものが並べられた。
 漬物は各家庭で自慢のものが多く、美濃早大根の浅漬けを始め、ひねたくあん、何年も味噌樽の底に寝ていたような黒みがかった味噌漬けなどが並ぶと、漬け物の品評会のようだった、と近所の長命のお婆さんがよく話してくれた。
 昔は自由に濁り酒を造ることができたので、これを持参するかみさんもあり、興のおもむくままに糸取り歌や甚句、盆踊りの歌なども披露されたが、それぞれに自分たちの生まれ育った土地のものが出てくるので、男衆たちの日待ちとはまた違った趣きがあったそうである。
 そのころ、農家の住宅は大抵田の字造りだったが、炊事場と食事をする場所を接近させるため、お勝手の間に続けて土間に床を張り出しておく家が多かったが、この張り出した板の間は、隣近所のかみさんたちの内輪な茶飲み場でもあった。
 男尊女卑の時代だから「でえ」という奥の間は、女衆たちの集まりには使うことができなかったが、この張り出し板の間は主婦の管理下にあったので、戸主といえども女日待ちには一切口出ししないことになっていた。従ってここだけは、しばしの女天国だった。
 こうした女日待ちの席は、どこで知るのか呉服類や小間物の行商人などがよく訪れた。親の代から、という顔なじみが多く、重ね行李から取り出した品物を並べ立てて、言葉巧みに売り込んだ。
 当時の婦人は、冠婚葬祭など改まった席へはみんな和服に日本髪で出たので、身の回り品々の中でも髪に関係のあるものには特に関心が強く、年齢にかかわらず平生髷の根掛け、手絡(注2)、髢、丈長(注3)、飾り櫛、簪、笄などを支度しておくことを忘れなかったので、こうした場所ではよく捌けた。
 女日待ちは小間物行商人には書き入れ時だったが、女衆たちにとっても金が入った矢先だったので、こうしたものを買い求めるには何よりよい機会だった。
 農家には年中行事として地神講、庚申講などいろいろな集まりがあったが、みんな男たちだけの休日で、二百十日が無事に過ぎるようにと風神を祭る風祭も、実際は男たちの飲み食いの集まりだった。
 地域によっては、こうした席で「ちょぼいち」という博奕が行われたというが、女日待ちでも「ほっぴき」という賭ごとが常習的に行われた地域があったそうである。
 ある老人が話のついでに、「あの地域には賭けごとの好きな筋が多い」と言ったことがあったが、そうした家系があるのかもしれない。
 博奕は悪いことだと常々言い聞かされていたので、ほっぴきが女のする博奕と聞いただけで嫌悪感が先走り、遊び方など全く聞く気がせず聞き流してしまったが、今になってみると、もっと詳しく聞いておけばよかったと思う。 

注1 常使い(じょうつかい)・・村で手当てを出して雇っておく連絡員
注2 手絡(てがら)・・・・・・丸髷などの根本に用いて装飾するきれ
注3 丈長(たけなが)・・・・・髷や髪を高くするための奉書紙の一種

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