一つ目小僧

 十二月八日といえば、太平洋戦争に突入した悪夢の日であるが、これとは別に少年の日の思い出につながるおもしろい風習があった。
 それは、この日を「八日僧(ようかぞう)」といって、夜になると真っ赤な目を一つだけ持ったいわゆる一つ目小僧という妖怪が各家々を回り歩くという俗信行事である。
 その日夕暮れ近くなると我が家の祖母はきまって「表にある履き物はみんな家ん中へ取り込みな。そして早く戸も閉めちめえな」と言いつけるのだった。そしていそいそとくず小屋からくずかきかご(山から落ち葉を入れて運ぶ大かご)を持って来て戸口に置くのだった。近所では芋を洗う目かごを出しておく家もあった。
 なぜ、こんな奇妙なことをしたのであろうか。それは一つ目小僧が夜に紛れて各戸を見回り、しまい忘れた下駄があればその目印しに焼き印を押し、雨戸の閉め忘れや戸締まりの不備などはいちいち帳面に書き込んでおき、懲らしめのため翌年そこの人のだれかを伝染病にしてしまうという伝承からである。
 しかし、一つ目小僧にもたった一つだけ弱点があった。それは目のたくさんあるものを極度に恐れることだった。そうしたものに出会うと「や、これはかなわん」とばかり頭を抱えて一目散に退散してしまう。だからこの悪魔払いにかご類を庭に置いたり戸口につるしたりしたのである。
 が、一つ目小僧もさるもの、何とか悪いことを探し出して記帳し、辻の道祖神様に立ち寄り、例の帳面を差し出しながら、「おれは暮れで忙しい。来年一月十五日に取りに来るからそれまで一時預かっておいてくれ」と無理に頼んで置いて行ってしまう。
 いよいよ年が明け、約束の日になると一つ目小僧はやって来る。すると道祖神は、「そのことよ。実は家では夕べ大火事があってな、あなたから預かった大切な帳面を焼いてしまったんだよ。どうか勘弁してくれよな」とあやまるのだった。
 その大火事というのは前日の十四日に道祖神の前で門松やすす竹、神仏のお札などを燃すだんご焼きのことである。その灰の山を見て一つ目小僧も納得し「じゃあまた来年」と言ってすごすご引き上げて行ってしまう。これで村人も救われるというのである。
 この夜はそばを作って神仏にお灯明と共に供えた。そして、そばをすすりながら一家団らんの中でこんな話を語り合った。
 この風習は、死亡率の高かった時代に無病息災を願う庶民の切なる願いであったか、あるいは、形を変えた勧善懲悪の教えだったであろうか。とにかく昭和の初めまで行われていたこの地方独特の風習だったのである。

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