猫の踊り場

猫の踊場 江戸時代、大谷に庄左衛門という豪商がおりました。苗字帯刀を許され、半てん・提灯・手ぬぐいなどには裏定紋(うらじょうもん)の庵木瓜(いおりもっこう)を染めていました。 
 この店に子犬ほどもある大きな猫がいて、夕食を食べると、どこへ行くのか朝まで姿を見せませんでした。当時この近くに、観音寺と呼ばれ、長い間無住で荒れ果てた寺があり、毎晩のように、にぎやかに踊りざわめく笛やかねの音が聞こえてきましたが、村人たちは、乞食か浮浪者が集まってて酒でも飲んで浮かれているのだろうと思って、だれも近づきませんでした。
 根下の国分境に斉藤という旧家があり、主人が三毛猫を飼っていましたが、いつも夕方になると姿を消すので注意していると、ある日、手ぬぐいを頭からかぶって裏口から出て行くのを見ました。
 その後もこんなことが続くので、主人は家中の手ぬぐいを全部かくしてしまいました。ある日の夕方、三毛はかぶる手ぬぐいが無いので、いつまでもうろうろしていましたが、やがてしょんぼりと出て行きました。見えがくれに後をつけると、例の荒れ寺の本堂に入りました。
 すると、正面にいる大猫が、どうして遅れたのかと三毛をなじっています。三毛が手ぬぐいが無かったので捜していたと弁解すると、大猫がこれを使えといって新しい手ぬぐいをくれたので、三毛はそれをかぶって踊り始めました。
 主人は怖くなって家に帰りましたが、翌朝風呂場裏の薪の上に庵木瓜を染めた手ぬぐいが置いてありました。庄左衛門の大猫がくれたものです。
 この猫踊りは評判になりましたが、誰も気味悪がって見にゆかなかったといいます。 

(えびなむかしばなし第1集より)

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