道の真ん中に便所が出現

 今でも農家の庭先に、半坪(畳一枚分の広さ)ほどの素朴な便所を見かけることがあるが、男子用と女子用が並設してあるので二式建てとか二重建てとか呼ばれ、戦前は大ていの農家がこれを使用していた。
 もともと小さな建物だから、移動させようと思えば四、五人で簡単に移動することもできた。
 明治三十三年のことである。夜遊びの若い衆が、いたずらによその庭から担ぎ出した二式建ての便所をわざと人が通れないように道の真ん中へ置いていった。
 夜遅くこの道を通った人がこの便所を見て驚いたが、「来るときには無かった便所が、忽然と姿を現すのは狐のしわざに相違ない。狐は煙草を嫌うというから、先ず煙草を吸って気を落ちつけよう」と、便所の前に腰を下ろすとすぱりすぱりと吸い始めた。
 しかし、便所はいっこうに姿を消さない。
 ちょうど同じ時刻に、別の人が反対の方向からここまでくると道をさえぎって便所が建ててある。「狐が俺を化かす気だな。よし、便所が消えるまで根気競べだ」と、これも道の真ん中にあぐらをかいて煙草を吸い始めた。こんなとき下手に動くと、狐に肥溜めへ落とされると聞いていたからである。しかし、便所はいっこう姿を消さない。
 こうしてこの二人は便所の向こうとこちらで煙草を吸い続けたが、短い夏の夜は忽ち東の空が白んできた。明るくなって見たら便所は正真正銘のもので、どちらもその向こうに人の気配がするのに気がついた。そこで横から覗き込んだら向こうもこっちを覗き込んでいた。顔をつき合わせたら、子供のときからの友達同士であった。
 「何だ金さんか。何だってこんな所に座っているんだ」
 「そういうおめえだって、どうしてこんな所にいるんだ」
 「おれはてっきり狐に化かされたかと思ったよ。アハハ・・・」
 「おれも狐に引っかけられたと思ったよ。アハハ・・・」
 二人は腹を抱えて笑いながらそれぞれ自分の家へ帰って行った。
 今も昔も夜遅くまでいたずらをして遊び歩く夜行性動物のような若者には、知能指数の低い連中が多いようで、この若い衆たちもすぐ足のつく証拠をたくさん残して置いたので忽ちばれてしまった。
 若い衆は先輩や村の顔役にこっ酷く叱られ、便所の持ち主と、便所の向こう前でひと晩中煙草を吸い続けた二人の家へ、砂糖を買って謝りに行ったということであるが、調子にのっていたずらをやってしまったあとで後悔したり、途方に暮れたりするのは精神的未熟者の典型である。
 この事件については当時でも親の姿勢や家庭のしつけが話題になり、親戚一族まで肩身のせまい思いをしたということである。
 今でもどうかすると、この騒動が話題になることがあるが、一人でも「ひょうたくれ」(注)が出ると親兄弟はもち論、親戚まで人に後ろ指をさされるといういましめの材料となっている。
 便所担ぎのいたずらをした七人は、説教をくらった折、前年亡くなった勝毎舟が若い頃、毎晩遠く離れた知人の家に通って、門外不出のオランダ語の辞書を全部写しとった話を博学の先輩から聞かされた。七人のなかには、貧しい下級武士の家に生まれた海舟が、刻苦勉励後に幕末維新の傑物と言われるまでになった事実に発憤して独学で小学校訓導の資格を取得した青年もいたが、過去の愚行を恥じて横浜に出てしまった。
 なお、海舟の話をしたときに、海舟の本名「麟太郎」の文字を読める者は七人中一人もいなかった、とこれもまた今でも話題になっている。 

(注)ひょうたくれ・・この土地独特の方言。罪の意識の乏しい無責任なずっこけ人間のこと。

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