いたちに屁の代理をさせた狐 

 狐にもいろいろなのがいて、人里離れた所に棲むのもいれば殊更に人家近くに棲むのもいる。また、人家近くに棲む狐の中にも、人の生活の妨げをして目のかたきにされるのもいるし、何となく間が抜けて愛嬌があって可愛いがられるのもいる。ときには動作が鈍くて落ちこぼれのように見せながら、まんまと一杯食わせる二重人格ならぬ二重性格やぶりっこもいる。
 上今泉に金持ちの隠居爺さんがいた。度々庭の辺りまで出てくる狐を見かけたが、別段悪さをする様子もなく、また、これという被害もないので脅しも追いもせずにいたら、時々隠居屋の縁先近くへ来て寝そべって遊んでいくようになった。
 馴れてくるにしたがって爺さんはこの狐が可愛いくなり、ときには生魚などを与えることもあったが、いっこうにむさぼり食う様子もなく、いつも満腹しているという態度でおっとりしていたので「あの狐は、王者の貫禄がある」などと、まるで自分が飼ってでもいるかのように自慢していた。
 いっぽう、隣の農家では肥料にするために買っておく干鰯(ほしか)の俵が食い破られ、中の鰯がごっそり減っていることが度々あるので神経を尖らせていたが、あるとき、隣の隠居爺さんと仲良しの狐が物置の裏にある破れ目から辺りを警戒しながら出て行くのを見た。
 主人は「こいつの仕業だな」と思ったので、じっと動かず視線だけで後を追った。
 狐はいつもの鈍重な動作とはうって変わって八方に目を配りながら敏捷に物陰から物陰へ移動して姿を消した。宅地外れにある生垣の所まで行ってみると、広い畠の中を大きな尻尾を引きずるようにして雑木林の中に入っていくのが見え気付かれないように遠まわりをして狐の姿を捜すと、大きな切り株の根本を盛んに掘っていたがそのうち姿が見えなくなった。
 きっと穴を掘って隠れたのだろうと近づいて見たら、切り株の根本にたくさんの土がかき出されていたが、穴はラッパの筒のように入口だけが広く、先はだんだん狭くなっていてとても狐の這入る大きさではない。しかし、他に隠れるような場所もないのでしばらく様子を見ていると、切り株の下で動物の動く気配がする。
 崩れた土を両手でかき出し、中の状態を見ようと株の根本に顔を近づけたとたん、「ぶっ」という音とともに息が止まるかと思うはど強烈な臭いが鼻をつき、思わず尻餅をついてしまった。くらくらする頭を左右に振ってしばらく座っていたが、よろめく足を踏みしめ踏みしめ、やっと家へ帰った。
 「狐の屁のくさいのには驚いたよ。思い出してもこめかみが痛くなる。体についた臭いは半月も消えなかった」と、会う人ごとに話したそうだが、実はこの人が被害を受けた屁は狐のものでなくいたちのもので、いたちの穴を自分の穴のように見せかけて人を騙し、屁の代理をさせたのだった。
 隠居爺さんとこの人は、それまでもあまり仲が良くなかったが、このことが更に感情的な対立を増幅させ「隣の間抜け爺さんが性悪狐に騙されていい気になっているから、こっちまでとばっちりを食った」と、悪く言えば片方の隠居は「何も俺が狐に、屁をかがせてやれと言いつけた訳ではない。子供じゃあるまいし、自分でわざわざ木の根っ子へ顔をくっつけて屁を食らったからといって、俺が恨まれる筋合いはない」と、反論した。
 近所の人たちは面白がって「これがほんとの屁のような喧嘩だ」と笑った。明治中期の話である。 


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